中央タクシーは、電話による依頼が売上の80%を占め、駅前で客待ちをする暇がないほどだそうです。長野市のタクシー会社は、12社ありますが、「1日当たりの運行回数」や「1台当たり月間売上」で、他社を圧倒的に引き離しての1位です。 例えば、1台当たりの月間売上で、中央タクシーは平均120万円弱、他の11社の平均は60万円ほどです。2倍も違うのです。 中央タクシーは、昭和50年に長野市で最後発のタクシー会社として宇都宮会長が、28歳のときに創業しました。それまでの業界常識やタクシー業界のあり方に疑問をもち、理想のタクシー会社作りを目指します。 創業して、間もないころに雑誌で、MKタクシーの青木オーナーのことを知り、青木オーナーに弟子入りします。中央タクシーでも、MKタクシーに倣い、ドライバーはネクタイを着用し、お客様の乗車時・降車時には、車から降りてドアの開け閉めを行ないました。 また、お客様が乗車すると自己紹介をします。雨が降っているときには、お客様が濡れないよう傘を差して乗車・降車のお手伝いをします。「ドアサービス」「自己紹介」「傘サービス」の3つのサービスを基本と定めました。
しかし、ドライバーはいろんな理由をつけて、宇都宮会長の方針を無視する状態が1年近く続きました。このとき、「ドアサービスを、自己紹介を」と何万回でも言い続けるつもりだったそうです。
そして、徐々に宇都宮会長の指示に従うドライバーが増え、多数派になるまでに5年掛かりました。創業して3年目には、1台当たりの売上で、最後発の同社が市内でトップとなっていました。更に、その後の成長を決定付けたのが1998年の長野オリンピックです。 オリンピック期間中、世界中から報道陣が押し寄せ、市内のタクシーを破格の条件で借り上げていきました。特需です。中央タクシーにも、あっという間に50台以上予約が入りました。ところが、オリンピックを1ヶ月後に控えた頃に、あるドライバーから声があがります。 「オリンピック中、毎日、うちの車で病院に通っているあのおばあちゃんはどうするんだろう?」それを聞いた宇都宮会長は、全社員を集めて、話し合いをします。 そして、出た結論は、「特需なんて捨ててもいい。いつものお客さんのところに行こう」でした。翌日から、予約のキャンセルにお願いして回りました。 中央タクシーの憲章には、「我々は長野県民、新潟県民の生活に必要不可欠であり、さらに交通弱者・高齢者にとってなくてはならない存在となる。」と書かれています。それを社員自らが実践しようと決定したのです。 長野オリンピックが開かれた1998年2月、常に営業成績が1位だった中央タクシーは、6位となります。しかし、その後は、大事にした固定客やこのとき初めて同社を使ってサービスを体験した新しいお客さん(他社のタクシーを呼ぼうとしても出払っているため、中央タクシーを呼ぶことになりました)に支えられ、今の素晴らしい業績を生み出しています。 上記の憲章には続きがあります。 「私達が接することによって『生きる』勇気が沸き、『幸せ』を感じ、『親切』の素晴らしさを知ってくださる多くの方がいらっしゃる。私達は、お客様にとって、いつまでもこのうえなく、なくてはならない人としてあり続け、この人がいてくれて本当に助かりますと、思わず涙とともに喜んでいただける。我が社はそんな人々によってのみ構成されている会社です。」 中央タクシー 経営理念 http://www.chuotaxi.co.jp/index.php?id=28
小才(頭を余り使っていない人)はどんなにすばらしいチャンスに巡り合っても、気づかない。 中才(頭の使い方が並である人)はたとえ、チャンスに気がついたとしても、それは十分に活かすことができない。
しかし大才(頭を十分に使っている人)は、どんなに小さなチャンスでも、それを見逃さず、最大限に活かしていくことができる。 T君の秘策とは? 袖触れ合う他生の縁もこれを活かす ・・・・ではないか!
趣味は、野球観戦と駅伝観戦、音楽鑑賞、落語鑑賞。 特に、野球とくれば、長嶋と巨人の熱烈ファン。 高校時代、長嶋が当時東京六大学野球新記録となる本塁打を放ち、嬉しさから小躍りしながら仲間と一緒にベースを回る姿を見て感化され「人生のすべてを長嶋に捧げよう」と決意した。 大学受験は、長嶋がいた立教大学の全学部を受験し、辛うじて社会学部に補欠合格した。 大学では、放送研究会に所属。その縁で卒業後、日テレのアナウンサーに。 日テレを受験した際、最終選考に残った2人が学生運動に関与していたことが判明、選考を辞退した影響で徳さんが採用されたという。 巨人の熱狂的なファンであったためプロ野球中継の担当にはなれず、プロレスを中心に受け持った。私が徳さんを知るに至ったのは、プロレス中継がきっかけだった。 エピソードは、数知れず。 私の仕事に関与するところをひとつ。 年金記録問題において、社会保険庁に支払い確認を行ったところ、「死亡扱い」を受けていたことが判明。「なぜ僕が殺されなければならないんだ?」と、職員に抗議したという。 2007年6月14日発行のスポーツ新聞では、「徳光和夫 社会保険庁に殺される!」のトップ記事が並んだ・・・・。 さて、長々と綴ったが、言いたいのは・・・・ 今までは、公私共に“こなす”ことばかり夢中で、“取り組む”ことがなかった。 マラソンを通して、「取り組み」をしていきたい。 徳さんを自分自身に置き換えて、何に取り組めるか、模索していきたい!
この学問(?)の背景にあるのは、今の若者に希望がないこと。 働くところがない、収入がない、結婚できない、使い捨て・・・・と、暗い話ばかり。 自殺者が17,000人を超えた。こんな国、世の中じゃいけないと学者たちも思ったのだろう。 希望とは何か?どうすれば希望が持てるのか?それを研究するのが、「希望学」なのだ。 成功事例を分析・解析して、落胆のどんぞこにあった人が、いかに希望をつかんだかを紹介する。 結論としては、希望にタナボタ式はあり得ないということ。 努力なくしては、成功しないのと同じことなのだ。 ならば、大事なことは、努力できる仕組みをつくることだ。 *好きな物をつくること *好きな人をつくること *好きな場所をつくること *好きな時間をつくること これだけできたら、少しは未来に希望が持てるはずだ。 ということは、希望学とは、好きな何かを探すことなのだ! 希望学について http://project.iss.u-tokyo.ac.jp/hope/
我が家では母ちゃんだけが持つ熱気
良い家ではないですか。奥さんがしっかり家庭を守っているのがわかります。 しかし、これだけでは説明に終わっています。 川柳は「定型詩」ですから、詩心が欲しいものです。 「母ちゃん」がどんなふうに熱気があるのか、具体性を知らせる言葉が欲しいものです。 そこで、こんなふうに直してみました。
大声の母ちゃんがいる風の町 熱気という言葉を入れなくても、「大声の母ちゃん」で熱気が伝わります。 そして、「風の町」で詩心を出しました。
上京。無限アカデミー「現代詩講座」(明治神宮外苑絵画館文化教室)会員。傍ら練馬の漬物屋に奉公。日曜日は寄席へ通う。 寡黙な生活を続けていたせいで、話し方を忘れる。
また、やってくれた。 とある会社で、1年間の長期休暇を取れる企画が発表されたのだ。 その会社は、毎度お騒がせ(?)の未来工業。 例の、「楽して、儲ける!」の相談役・山田昭男さんをオーナーとする会社である。 さて、その企画とは?社員旅行で渡航するエジプトでクイズを出題し、全問正解者には最長180日の特別有給休暇を与えるというもの。しかも、クイズ問題は事前発表らしい。 その名も、「めざせ!世界一のQ日」。 通常の休みや年次有給休暇を合わせると、1年間の長期休暇が可能というわけである。
これは、同社創立45周年記念事業。 来年2月に社員が2回に分けて4泊6日の旅行をする。 現地では、古代エジプト文字の解読などエジプトにちなんだ計50問に挑む。 日本企業として初めて、世界遺産「クフ王のピラミッド」を貸し切り、内部に関する問題も出す。
クイズの全問正解者には特別休暇180日を支給。 ほかの成績優秀者にも1〜20日の休みを与える。
次は、Kさんの句。
煙草一服 こころの窓が開かれる
そして、最後に土竜興業さんの句。
今度こそ決意を胸にあおぐ空
禁煙の決意であおぐ空の青 さて、次回のお題は『熱気』です。碧南・高浜地区の熱気でぜひ投句を!
美術の先生がワシテに近づき、『あ〜、大吹雪のなかにいる白クマね♪』 という冗談を言っても、『私には、美術なんて出来ない!』と反論するばかり。
それでも、先生はワシテに対して笑顔で、『とりあえず、ペンを紙においてみるだけでも良いんじゃない。まずはそこからスタートしたら?』と提案しました。
その程度なら出来るだろうと思い、ワシテはとりあえずペンを取り、白紙の用紙に力強くペンを押しつけました。『どうだ!』ペンを用紙に押し付けただけなので、その用紙の中央には、黒いドット “てん”が一つあるだけです。
それをみた先生は、少し考えた後にこういうのです。『じゃあ、ここにサインして・・・』 ワシテに”点”が描かれた用紙を差し出し、その用紙に自分のサインをするよう勧めたのです。
ワシテは少し困惑しながら、美術はできないけど名前ぐらいは簡単に書けると、そこにサインをしました。一週間後・・・。美術の時間に教室に入ると、ワシテは驚きの光景を目にします。 なんと、黒いドットだけが描かれたあの用紙が、アートとして金色の額縁に入れられ、壁に作品として飾られていたのです。そこで考えました。『”てん”だけなら、もっと良いのが描けるのに・・・』 そして、今まで毛嫌いして使っていなかった絵具を取り出し、
黄色いてん・・・ 緑のてん・・・ 赤色のてん・・・ 青色のてん・・・
いろんな色で、てんを描きはじめました。さらに、研究の結果、青と赤を混ぜると、紫のてんができることを発見し、小さなてんから、大きなてん、てんの集合でてんを作ったり、用紙の周りをてんで埋め尽くすことで、中央に白紙のてんを描いたり・・・。
数週間後、学校の美術展覧会では、”てんのアート”として、ワシテの作品が特設コーナーに紹介されたのです。その展示会で、ワシテは作品を輝いた目でみつめる少年をみつけました。 そして、その少年がワシテに近づき、こういったのです。 『素敵な作品ですね。僕もこんな風に美術が出来たら良いのに・・・』 これに対して、ワシテは答えました。 『君にもできるよ。』 すると、少年は『僕っ!?僕なんかにはできないよ。だって僕なんて、定規を使ってもまっすぐな線を引けないんだよ。』 こう言いはる少年に対し、ワシテは笑顔で答えました。 『じゃあ、みせてみて。』 そして、白い用紙を渡すと、少年はすっかり動揺した様子で、その用紙にペンで直線を書きはじめました。ワシテは、少年の書いたミミズが這うようなくねくねした線を眺めながら、こういったのです。 『じゃあ、ここにサインして・・・』
かつて、七月七日はサマー・バレンタイン・デー。 女子が好きな男子に枕カバーを贈る日でした。 「七夕の夜に、私の夢を見てください」という切ない乙女心が演出されています。 不景気風が吹き荒れる現在、こうした明るい“仕掛け”が必要ではないでしょうか? さて、今回のテーマは「明るい」。皆さんから頂いた川柳を紹介します。
あっ軽い 財布とついでに性格も 036
あっ軽い お姫様抱っこは今昔 〃
我が子には 明るい笑みで かみなりを たけのこ
孫の声 遊ぼのことば 明るい笑顔 〃
プリウスに 明るい見通し 待ち侘びる 影の会長
市民派の 世情に明るい ひがし知事 〃
明るくて気立ても良くて鍋こがす 愛知県