私にとっては、読んでいただくものを作りあげることは とても大変な作業でした。 締切直前になってしまい、申し訳ありません。 会報誌の原稿を添付してお送りします。
ちょっと気になる労務相談 『厚生年金保険の誕生と、年金記録問題のこれから』 今回は、労務相談とは少し違った分野ですが、企業や労働者と密接な関係のある厚生年金保険について、お話をさせていただきます。 厚生年金保険の前身は、太平洋戦争中の昭和17年6月、ドイツの年金制度を範として「労働者年金保険」として発足しました。当初は男子筋肉労働者のみが対象で、工員など現業の男性だけを加入させ、職員などの事務系男子や、女子は対象外でした。集められた年金保険料という名の資金は、戦時という状況のもとで戦費調達の役割を果たしたと推測されます。 しかし、戦況の悪化で男子労働者は徴兵され、いわゆる現場労働にも女子が進出するなか、年金保険の適用拡大が必要とされ、事務系の男性や、女性を対象に含めた「厚生年金保険」が、昭和19年10月から実施されることになりました。 戦前から、公務員や軍人に恩給制度はありましたが、保険料を徴収しない制度でした。現在のように保険料(掛金)を徴収する(旧)国家公務員共済組合法が適用されたのは、昭和24年10月から。そして国民年金は、昭和36年4月から開始されました。厚生年金保険は、それらより長い歴史を持っています。 「宙に浮いた5千万件」から始まった年金記録問題の存在は、それまでの年金制度と旧社会保険庁に対する国民の不信感とは別の衝撃を与えました。膨大な年金記録が誰のものかわからずに宙に浮いているということは、将来、受給期間が足りずに年金が受給できなかったり、納付した保険料に見合った年金額を受給できない可能性があるのです。 そこでこの問題を解決すべく、保険料の納付実績や年金見込み額などの年金情報が「ねんきん特別便」、「ねんきん定期便」として送付されるようになりました。加入者自らが定期的に記録をチェックし、年金記録が見つからない場合は、職歴・加入歴を整理して年金事務所に相談することと、それでも記録がなく、納得がいかないときは、年金記録確認の申立を総務省の年金記録確認第三者委員会に行うことができます。 事業所に勤務していた方が、当時の給与明細を持っていない場合は、厚生年金保険に入っていたかどうかを証明できません。その場合は、お勤めした事業所が現存していれば、事業所に当時の資料が残っていないかを確かめ、厚生年金保険の台帳をもとに、同時期に勤務した方にお話を伺うことで、当時の状況について調査します。 第三者委員会の調査の中では、調査を申し立てた方や、同時期に勤務した方々から、 「給料の明細を見て、たくさん引かれていたから、厚生年金も払っていたはず。」 「仕事中にケガをして病院にかかった。治療費がかからなかったから、保険に入っていたよ。」 こうしたお話を伺うことが、多々あります。 お給料から控除されるのは、税金、社会保険料などです。しかし、職場によっては、食事代なども差し引かれることもあり、控除があったことで、一概に厚生年金保険料を引かれていたとは判断できません。 また、仕事中のケガは言うまでもなく、労災保険の対象ですので、治療費がかからなかったことが社会保険に入っていた証明とはなりません。もちろん、厚生年金保険に入っていなかったとも言い切れません。 お話を伺いながら感じるのは、どなたも懸命に働いたかつての職場に、自分の足跡が無いことや、一部しか記録が無いことの無念さです。しかし、50年60年と時を経ている場合では、事実を確かめることができないことがほとんどです。 記録回復は当然の権利と思い、年金記録確認の申し立てをされた方でも、残念ながら当時の勤務や、保険料控除を証明する証拠が見当たらないことで、記録回復を認められない場合があります。 認められないことに、ご本人が納得できないのは当然のことでしょう。勤めた記憶は間違いないのに、立証できないのですから。 「役所が記録を間違ったのではないか。私は払い損だ」。」 「会社が保険料を天引きしていたのに、国に納めていなかったのか。」
過去に勤務した事業所や、ずっと生活してきた日本という国を信頼できなくなることは悲しいことです。保険料を納付したのに未納扱いとなっていたのでは、まじめに保険料を納付してきた人が納得しないでしょう。その結果、保険料を納める人が減少し、年金制度が崩壊してしまうことにもなりかねません。
今年度から日本年金機構は、8億5千万件の紙台帳とコンピュータ記録の突き合わせの全件調査を行います。2年間集中的に取り組み、4年間で、すべての突き合わせを完了する予定です。それでも宙に浮いている記録の一部は、統合が困難であろうと言われています。 この全件調査が終わった後に、なお残る年金記録問題について「一定の基準で年金記録を認める」ことの是非を、国民に意見を求める計画としています。解決まで、まだまだ時間を要しそうです。 年金制度は、長期間の保険料納付を前提に、老後の生活を支える大切なものです。今年金を受給している方だけでなく、現在保険料を納付している方々も、自分の年金記録に関心を持ち確認してみる必要があります。私たち一人ひとりが行動しなければ問題は解決しないと思います。
さて、三河西支部の会員数も増加の一途を辿り(支部会員数の推移参照)、また、連合会の受託事業など新規事業も増し、連合会から愛知会そして三河西支部へと、多くの事業が下りてきています。 支部長推薦一つとっても、相当の事務量に上り、それらを踏まえれば当然のことながら、「支部事務局」という話が泉のように湧いてきます。
“三河三支部合同”、“三河西支部単独”、“三河SRへの委託”など、まことしやかに「支部事務局」の構想が囁かれますが、目的と予算を明確にした上で、また先輩諸氏の苦労を無にすることなく、事務局という課題に対処していきたいと考えます。
時に、愛知会では「組織再編検討特別委員会」を設置。 組織再編の行く末により、事務局のあり方も、姿かたちが変わってきます。 組織再編が緒に就くのを待って行動に出るのが賢明なやり方かもしれませんが、次世代の負担を軽減することが狙いであれば、待ったなしの時期かも知れません。 この細腕で難題を担えるのか、悩みは尽きません。 「弱音吐くおとこを月が叱咤する」(柴崎昭雄)の心境です。
しかし、今年度の事業計画は、迷うことなくやり遂げなければなりません。 皆様の力をお借りして、一歩ずつ確実に事業を行ってまいりますので、今年度も引き続き皆様のご理解・ご協力よろしくお願い致します。
【支部会員数の推移】
支部長メッセージ(21.11.19) 三河西支部長 柴田比呂志
愛社労三河西支部会員の皆様、晩秋の風が身にしみる季節となってまいりました。 朝夕はもちろん、雨や曇の日には、昼間から“暖”が欲しいと思うのは私だけでしょうか。 秋から冬へ続くこの時期はまた、もの悲しい季節でもあります。 落日に照らされて街路樹が葉を落としていく様子は、さみしいものを感じます。
先日、新聞で「街路樹の栄枯盛衰」という見出しを目にしました。 夏の強い日差しから歩行者を守り、秋の落ち葉で冬の訪れを知らせてくれる街路樹。 その顔ぶれが昔と比べずいぶん変わってきている、という内容でした。
かつて、街路樹の代名詞といえば「プラタナス」でした。 近年はプラタナスが徐々に減り、代わって「ハナミズキ」が急伸してきています。 その理由は、毛虫の駆除や剪定などで維持管理にコストがかかるプラタナスよりも、その半分 以下のコストですむハナミズキの方が経済的だからです。 景観重視だった樹種選択から、“手間いらず”の選択へと変貌を遂げようとしているのです。
同じように労務管理の手法も、今後変貌していくのではないでしょうか。 昨秋からの不景気風から企業の体力は減退。企業のありようも変化の兆しが見えます。 かつてと同じ労務管理の手法では限界に来ることが予感されます。 時代に適合した労務管理を皆で知恵を出し合って模索していきたいと考えます。
三河西支部でも、こんなことを考える機会を設けることができればと思っています。 今後ともどうぞよろしくお願い致します。